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あまりに良いゲームだった為にネタバレせずに語り尽くせないと判断し、自分で決めたルールに反して以下ネタバレ長文です。まずは情感たっぷりの改行タグを御笑読ください。
※以下エンディングやストーリーの根幹に言及した超ネタバレが続きます。




































そもそも映画じゃなくてPS3のゲームなんですけども、クリア後感は一本の映画を観終わったような印象。The Last of Usが、ゲームとして、映画として、そしてディストピアシミュレーターとして優れている点を紹介します。
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「一本道」である

本作にはストーリー分岐は存在しません。マップも昨今主流のオープンワールドではなく、エリア毎にステージを移動し、通過してしまえば以前のマップには戻れない、極めてレガシーなゲームデザインとなっています。初代バイオハザードでさえもマップ全体を探索できたのに、2013年のゲームとしては些か窮屈で不自由さを感じるシステム。しかも、敵キャラクターも「人間」と「感染者(ゾンビ的な存在)」の二種類しか存在しません。巨大なボスモンスターや剣も魔法も存在しないゲーム、それがこのThe Last of Usです。なんと、ラスボスすら存在しないのです。
そして、マルチエンディングですらない、という一本道っぷり。

そう。このゲームには一つの結末しか用意されていないのです。ゲームタイトルに込められたメッセージに気づけるか否か、このゲームを楽しめるかどうかはそこにかかっている気もします。

※ちなみに、ストーリーは一本道ですが、アクション、敵キャラクターとの戦闘、戦術、武器の多様さに関しては今期随一と言っていいほどバリエーション豊富です。

しかしこの「一本道」なゲームデザインが、今作を今年度最高評価、最高売上を叩きだしたポイントだと思います。

6月5日に解禁された大手海外メディアのレビューでは、IGNの10/10を筆頭に満点が続出する著しく高い評価を獲得し(Eurogamer:10/10、Game Informer:9.5/10、Gamesradar:5/5、GameSpot:8/10)、リリースに先立って世界中から称賛を浴びている。Metacriticでは96のスコアを獲得し、GameRankingsでの評価は95.5%を保持している。特に、IGNは本作を“PS3専用タイトル最高クラス 最高峰の傑作”と称し、大絶賛した。また、「週刊ファミ通」2013年7月4日号(6月20日発売)の新作ゲームクロスレビューにてプラチナ殿堂入りとなった(38/40点獲得)。 全世界累計販売本数は2013年6月14日の世界同時発売より約3週間経過した2013年7月3日時点で、340万本を突破し、PlayStation 3(PS3)新規タイトルとして最速のペースで売れたタイトルとなった。また、その時点で2013年に最も売れているPS3タイトルである。 日本では6月17日~23日の週間販売ランキングで11.7万本の売り上げを記録し1位となった。
今作に「自由」はありませんし、求められてもいません。優れたストーリーと没入できるゲームシステムがあれば「自分だけの物語」を紡ぐ事を強要されなくても済むのです。車やバイクを強奪できる世界で銃を手にすれば、大抵は一般人を轢き殺し射殺を繰り返す大味なゲームプレイとなり、村を剣と魔法で強襲できる世界であるなら、ワーウルフとなって村民を喰い殺すだけのゲームになるだろうなと思います。勿論それはそれで面白いプレイスタイルだし、まさに「無限の可能性」を売りにしたゲームは沢山あります。

ただし、もう一度自分の両手を見つめて問いかけて欲しいのですが、それだけの「自由」を与えられて、誰もが心を震わせるような「物語」を紡げるのでしょうか?

リトルプラネットやMinecraftが発表された時、誰もがワクワクとレゴを積み上げるように「自分だけの世界」を作り上げようとした筈です。でも現実はどうでしょうか?一部の「神クリエイター」がニコニコ動画の再生数を稼ぎ、想像力と実行力に欠ける普通のプレイヤーはDLCを待つのみとなり、動画コメントに皮肉を込めたダジャレを投稿する以外にクリエイティブな活動は出来ない筈です。

「物語」や「世界」を作ることが出来る才能は限られています。才能に乏しいゲームプレイヤーに過度な「自由」を与えても疲弊するだけなのです。

荒廃した世界で生き抜く二人の物語に没入するだけで、心地良い万能感や荒涼感を味わうことができる。敢えて自由度を低く設定した今作はそういった意味で良作だったと思います。

「世界は救えない」という現実

主人公と行動を共にする14歳の少女『エリー』は、世界を破滅に導いた未知のウィルスに対して抗体を持っています。感染者に噛まれても、胞子を吸っても発症しないのです(正確にはウィルスを保持した状態で症状を克服している状態?)。つまり、終末を迎えた世界を救うことができる逸材なのです。

当然、物語はその設定を核として描かれます。抗体を持った唯一の人間エリーを、世界再生を目論む活動組織『ファイアフライ』に送り届けてワクチンを開発する、というのがこのゲームの目的であり、運び屋である主人公『ジョエル』のミッションとなります。

しかし、その設定通りのハッピーエンドを迎えることはありません。物語終盤、感染部分と脳は直結している為、エリーの命と引き換えでしかワクチンを生成する事が出来ない事が発覚します。

結果、エリーは人類を救う英霊となり、世界は再び夜明けを迎えたのでした…。



とはなりませんでした。ワクチンの生成方法を知ったジョエルは激昂し、ファイアフライを皆殺しにしてエリーを救い出します。ワクチンを生成できる唯一のチャンスは、一介の運び屋によって無為にされ、同じく唯一世界再生を願う地下組織もリーダーを含む殆どの構成員が壊滅させられてしまう、それが今作のクライマックスです。
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※手術台に乗っているエリーを救う場面では、プレイヤーの意思で医師達を惨殺することも出来ます。ここにプレイヤーの激情を乗せるかどうかは自由に選べます(切り刻むことも、射殺することも、燃やすことも。あるいは見逃すことも。ここも選べるというのがポイント。でも殆どのプレイヤーが医師達を殺害した筈)。

そう、初めから世界など救えるはずもなかったのです。何故なら、「若くして娘に先立たれた中年男性に、当時の娘と同い年の女の子を託した」その時点でビジネスライクに事を運べる筈もないのです。その理由は後述します。

「父性」というエゴイズム

主人公ジョエルは、パンデミック序盤(ゲーム開始5分後ぐらい)に、一人娘を目の前で射殺されてしまいます。
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序盤からその展開は重すぎるだろう…、と僕もかなり凹みましたが、このエピソードが物語の根幹、全ての伏線であり行動の理由になっています。

物語は一気に20年後に移り、中年(というかほぼ初老?)となったジョエルはアンダーグラウンドな運び屋として再登場します。依頼人であるファイアフライのリーダーが紹介したのが、もう一人の主人公であり、娘の死んだ歳と同じ14歳のエリーだった、という展開です。この時点で僕は「あ、このおじさん狂うな」と確信を持ちました。

死んだ娘と同い年の女の子と長い旅をさせられるとか、どんな無理ゲーだと。そんな設定に比べればムドーの第二形態もヌルゲー化します。娘を失った「父性」舐めんなよと。

想像通り、娘の没後20年でジョエルは殺人マシーンと化していたようです。依頼をこなす為なら平気で罪もない人を手にかけていたような描写が、ゲーム内で語られています。ニコニコ動画のプレイ動画にも「人間兵器」とか「感染者さん逃げて」とか「ストライクガンダム」とかむちゃくちゃなタグが付くほど、恐ろしく強い中年に仕上がっていました。

「父性」というのは、「守るべき対象」が存在して初めて成り立つもので、対象を失った「父性」は次の対象を探し求めてしまうものです。つまり、誤解を恐れず極論を言ってしまえば、対象は誰でもいいのです。もしその男性が「守るべき対象」をたった一人に絞ってしまい、且つそれを失ってしまえば、もう自ら命を断つか、半ば暴走気味(無意識に)に対象を探し求めるしか選択肢がないのです。

ジョエルには『テス』という女運び屋のパートナーが居ました。いわゆるチュートリアル担当な存在で、序盤は共闘したり操作を教えてくれたりと、きっぷの良い性格と相まってプレイヤーに感情移入させるには十分なキャラクター性を持っていました。
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ジョエルもテスには好意(というより拠り所?)を持っていたようで、かすり傷程度もやたらと気にかけるような素振りをみせています。つまり過去20年間のある一定期間、テスの存在が娘を喪った隙間を埋めていたと推察できます。

しかし、そのテスも序盤で感染者に襲われウィルスに侵されてしまいます。エリーをジョエルに託して襲撃者を迎え撃ち、自ら死を選びます。

二人旅となった直後、ジョエルはエリーに語りかけます。

「これからのルールだ。テスの話は二度とするな。」

このルールはジョエルの失われた20年全てに課せられていたのだと思います。エリーがまだ自分の心に食い込んでいない序盤に、エリーにもこのルールを課す事で自らを保護しようとしています。次の対象が見つかるまでの間、今喪失感に喰い潰されるわけにはいかないのです。必死で対象を忘却することに努めないと、自分の足で立つ事すらままならない、という状態です。

このルールはプレイ中何度か登場します。おもしろ黒人枠の『ヘンリー』と弟の『サム』。この二人とは都市で出会います。 TheLastofUshenry
弟を溺愛する余りに厳しく接してしまう兄のヘンリーは、守るべき対象を見失っているジョエルのペルソナです。作中でウィルスに感染した弟のサムを、ヘンリーは自ら撃ち殺してしまいます。闊達で明るい性格のヘンリーであっても、その手で肉親を手にかけた重圧に耐え切れず、直後、ジョエルの静止を振り切り衝動的に自分の頭を撃ち抜きます。

これが、前述の「守るべき対象を失い、自ら命を断つタイプ」です。ジョエルは、20年前こうなっていてもおかしくなかった。けれども、弟のトミーを面倒みるため、娘を忘却しつつ裏稼業に身をやつし、「生きていくための闘う理由」を他人に求めてきました。
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※弟のトミーはそんな生活に心をすり減らし、数年前にジョエルの元を去っています。作中で再登場した際、兄との生活を「今でも夢でうなされる」と表現しています。ジョエルが弟との生活の為、どのような事に手を染めていたのか想像をかきたてられる場面です。

エリーは歳の近いサムと心を通わせ始めていました。その数少ない「友達」の死を忘れられず、サムについて語りたがります。死者を悼むには思い出を語るのが一番だからです。しかし、そんなエリーにもジョエルは冷たく言い放ちます。

「失ったものは二度と戻ってこないんだ。」

これです。これが今作にゴロンと横たわっている太く重いテーマです。作中に登場するキャラクターは、例外なく何かを喪っている人達ばかりです。主人公達は勿論、敵対する勢力や感染してゾンビとなった元人間でさえ、その喪失感に耐え彷徨い歩いた末の、それぞれの結末。正にThe Last of Us(私達の結末)を選び抜いた人達なのです。それらの人々は全て「失ったものは二度と戻らない」という人生哲学を持っており、どこか皆似た表情で各々の役割を演じている点が特徴的です。

14歳のエリーは未だその人生観を共有できず、死者を悼み思い出を語る余地を残しており、人間的で優しい心の持ち主です。しかし、「大人」であり「父性」の象徴であるジョエルは、子供らしい情緒や感性を否定します。これが「親としてのエゴイズム」です。この荒廃して信用の無い世界において、エリーのような考え方では生き抜く事が出来ないと知っているから、押し付けるのです。現実世界における父と娘の関係そのもののように。

エリーは「人類の希望」の象徴です。子供というのはどんな世界でも未来を担う存在です。「ウィルスへの抗体を持つ」という設定はそのまま世界を救う鍵でもあり、「失われつつある人間らしい情愛」のメタファーでもあります。それこそが人類再生の鍵であるのに、荒廃後の世界に順応したジョエルは、その心の成長を阻害する存在として立ちはだかります。そしてエリー自身も、ジョエルに心を預ける事で「荒廃した世界での大人として」成長していく事になります。

「父性というエゴイズム」とは、こうして将来の芽を摘んでしまうものです。しかしそれが今作にリアリティを与えています。冒頭で紹介したように、最終的にこのゲームはバッドエンドで終わります。人類は救えません。何故ならジョエルが自らのエゴにより希望を摘んでしまうからです。そして希望の象徴たるエリーもその生き方を受け入れるから。

しかし、それがリアルです。とても共感を呼びます。アルマゲドンのブルース・ウィリスのように誰もが「人類の為に自ら死を選ぶ」事など出来ないのです。ましてや、「二度、娘を喪う」事など、父親に受け入れられる筈の無い事です。娘一人の命と全人類の命を天秤にかけ、殆ど脊髄反射的に前者を選んだジョエルに、同じ娘を持つ父親として深い共感を憶えずにいられません。俺だってそうする。

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エンディングで、エリーはジョエルに問います。「ファイヤフライには他の抗体者が沢山いた。お前が死ななくても大丈夫。」と説明したジョエルに「その話は本当?」と問いかけます。十中八九嘘であり、実際は育ての親も含めて皆殺しにしたと思われるジョエルに、真っ直ぐに問いかけます。「本当だと誓って。」と。

「誓う。」

ジョエルは最後まで嘘を突き通します。俺だってそうする(二回目)。
その強い眼差しに、エリーは「わかった。」と答え、人類を裏切り自分の人生を全うする道を受け入れる。ジョエルという新しい父親と共に。そういう結末です。

そして、エリーの腕の噛み痕は、何故か症状が進行している(ように見える)・・・。

そして、「一本道」である

冒頭の「一本道で良かった」理由、それは、このゲームをプレイする僕に取って、ジョエルが選んだ結末以外に共感を呼ぶものが思いつかないからです。そして、今作のテーマである「失ったものは二度と戻らない」に基づけば、オープンワールドでは無くエリア移動で、取り忘れたアイテムは二度と手に入らない、戻れない。そういうゲームシステムが最もしっくりきました。
※上級以上であれば物資も乏しいため、使った武器弾薬、アイテムもしばらく手に入らない。

「選べる道なんて無かった。」ゲームをやり終えてそんな感想を抱きました。選べる道が無い物語であれば、自由度の高いゲームシステムなんて必要無い、と確信できる稀有な作品だったと思います。


そういった意味では、「課金するしか道はない」というゲームデザインのソシャゲも、同じ哀しみを持っているかもしれない。

※本レビューは主観丸出しの裏も全く取ってないエゴ丸出しの読書感想文タッチでお届けしました。親父ってそういうもんです。